2019年03月12日

う越秀跡

昨年う越秀跡を解体してスケルトンにしました。

1階と2階の一部を5月から小児歯科へと生まれ変わります。

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      旧う越秀玄関

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  旧う越秀玄関西側より東側を見る

写真右側に幹と枝だけの木は山桜の木です。

毎年桜見物が出来楽しんで居ました。

間もなくこの山桜の木も歩道拡幅で無くなります。

もしかしたら、今年が最後かも知れません。

閉店に伴なう季節の歳時記も違い淋しくなりました。

山桜の満開の頃、花見を開催しょうと考えています。

4月の6日か7日頃が良いかな!!!

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2階のお座敷、鼓滝の間、榮の間も今はこんな姿です。

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     大広間跡です。

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4月末には貸し店舗、貸し事務所として生まれ変ります。

永年翻弄され続けていた兄の死により

今は随分と何事にも楽になりました。

孫達と隣同士の生活も1年が過ぎ

同居同然の孫達との生活をしています。

自然と孫達との時間は多くなり

夢のような穏やかな日々を過ごさせて頂いています。

商売をしている時には決して無かった時間です。

私達夫婦は後何十年も残された人生は有りません。

健康で有る内に、

今迄の人生を基本に、

これからは老後の人生を楽しめたら

こんな幸せな事は有りません。

10日は久吉爺ちゃんの命日、
11日は父の誕生日でした。

父の好きだったお酒は沢山、供えました。

勿論、仏前で一緒に飲みました。





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2019年03月11日

家内と静岡へ

先月高校後輩の坪本君と台湾旅行時の約束で

坪本君の居ます静岡へ家内とこの週末行って来ました。

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静岡駅前の坪本君ご贔屓のお店で食事しました。

堪三さんでご馳走になりました。

美味しいお肉をお出しの和食?店でした。

坪本君の奥さんお嬢さんとは10数年振りでした。

お嬢さんのリタナちゃんは私の長男孫の健斗君と同歳です。

あくる日は静岡市内の案内と焼津漁港へ行きました。

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焼津漁港途中のまぐろ専門店に案内して戴きました。

観光客で朝の10時頃でしたがかなりのお客様で賑わって居ました。

ただ観光客相手のお店でしたので直ぐに出ました。

焼津漁港は日曜日なので活気は在りませんでしたが

小川漁港に漁船が入港し鯖と鰯が沢山卸していました。

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        鯖の荷卸

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         鰯の荷卸

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漁船からの鯖・鰯の卸作業は殆んどが機械化されていました。

お昼は焼津のすし屋さんでご馳走になりました。
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焼津で50年近く営業されているお店でした。

坪本君はお馴染みさんでした。

ご主人は綺麗な寿司を握られて居られました。

時代から来る様々なにぎり鮨の型が在りますが

私達世代の握り鮨の型は舟形が基本です。

にぎり鮨を横から見ますと舎利(しゃり)が船底に見える様に

握るのが基本です。

寿司国のご主人は見事な船底型ににぎって居られました。

ご馳走になりました、

桶盛の鉄火巻き、胡瓜巻きは

東の寿司職人さん達に在りがちな巻き方でしたので

美味しくは有りませんでした。

東の寿司職人の巻物鮓は皆さん団子巻きです。

団子巻きとはシャリをつぶしてしまって

また、

海苔代を取らずにシャリを伸ばす為にどうしても

巻上げが柔かく巻かれていません。

東の寿司職人さん達は巻物鮓の修練がどの職人さんも

足りて居ない様に私は何時も感じて居ます。






posted by 加茂 志津男 at 20:05| Comment(0) | へんこつおやじのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月05日

台湾最終日

帰国前日のお昼前に台中から台北に向かいました。

台北到着後ホテルに荷物を預けて

家内ご要望の日航ホテルの飲茶料理へと向かいました。

坪本君が台湾で今一番人気の”シミ取りクリ−ム”が在るので

お店を探す事にしました。

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近場のお店を探索しましたが見つからないので
ホテルに帰り探してもらう事にしました。
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やっと探し当てたお店と事務所は移転していました。
ここでした。
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夕食は久し振りの台北なので鶏料理にしました。

長春路に在る”鶏家荘”にしました。

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このお店は以前にも紹介させて頂きました。

2階の食卓係りの女性軍団は私達を覚えて居てくれました。

前回のチップが利いたのかな!!!

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名物の3種類の鶏の盛り合わせ。

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すみません、沢山オ−ダ−したのですが撮るのを忘れていました。

この夜は台湾ビ−ルを飲みました。

お店の女性軍団からの差し入れのプリン。

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台北最後の夜は家内が行か無いとの事でしたので、
坪本君と二人で密かに?酒家へ出かけ楽しみました。

帰国の日迄シミ取りクリ−ムを探しました。
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途中に昨夜の鶏家荘の前を通りましたので、
坪本君がお土産に沢山の蒸し鶏を買いました。
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夜には気が付きませんでしたがお店の前には

鈴成りの小さなみかんの木が商売繁盛の守り木として

置かれて在りました。

縁起物ですので家内の健康を願いワンカット。
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鶏家荘さんの前に人気店が在りましたので、
お昼にしました。
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店内は満席で20分位待ちました。
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食事中も大型観光バスからのお客様で
繁盛していました。

帰国便は夕方でしたので早めに空港に向かいました。
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数時間有りましたので、ラウンジで休んでいました。

坪本君は名古屋空港、私達は関西空港でしたので

ラウンジでお別れしました。

チャイナエア−のCクラスの食事です。
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今回の訪台は台中の友人達にお世話の成りっぱなしの

楽しい旅でした。

私がそうなのですが、

台湾の友人達も幸せな世代交代をされつつ在ります。

台湾の知人は今も多く居ますが、

今はもう友人は多く居ません、

今回、

お会い出来た台中の友人達とは末永く友人で在りたいと思います。

許さんの奥様に3人目のお孫さんがもう産まれる頃です。

今夜あたり電話してみます。

この週末は静岡の坪本君宅へ出かけます。








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2019年03月04日

台湾3日目NO2

訪台3日の夜は大きな海鮮料理屋さんでご馳走になりました。

許さん次男ご家族も同席の楽しい夕食となりました。

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王さん・私・坪本君・陳さんお嬢さん・陳さん
許さん次男・許さん・お孫さん達・次男さん奥さん・家内・陳さん奥さん

沢山の料理を頂きました。

海鮮料理屋さんでしたが台湾料理を私達は要望させて戴きました。

この夜が台中最後の夜なので美味しい紹興酒も沢山飲みました。

料理もこの人数で食べ切れない位の多くの料理に堪能しました。

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この夜の食事も楽しい時間を過ごす事ができました。

私達のこの度の訪台の目的とお礼を述べさせて戴きました。

日本語通訳は許さんの次男さんの友人の王さんが丁寧にして戴きました。

私が台中へ来る様に成った経緯とお墓参り出来た、

許 政男さん、林 火木さんとの馴れ初めと、

今までの許さん林さんとの親交エピソ−ドのお話。

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10年振りにお会い出来た陳さんご夫妻がいつも

ふたり仲良くされている事。

それに、事業が順調に発展して居る事。

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許さんの奥様がご主人を亡くされお元気が無いと

台中の友人達から聞いて居ましたが

要約、お元気を取り戻し始めているのを感じられた事

次男さんに3人目のお子様がもう直ぐお生まれになる事の

慶びもお伝えさせて戴きました。

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来年の東京オリンピック、数年後の大阪博覧会には

是非大阪にお越しくださいます様にともお話させて戴きました。

許さんの次男さんにお母さんを大切にとお願い申し上げ散会しました。

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帰り際、明日の台北迄の新幹線乗車券を許さんから頂きました。

こんな至れり就くせりの今回の旅も

後台北一泊を残す迄になってしまいました。

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posted by 加茂 志津男 at 08:42| Comment(0) | へんこつおやじのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月03日

台湾三日目

椿山荘の料亭名月居さんから山道を15分ほど車で走り

陳さんのご自宅へ到着。

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立派なご自宅でした。

私達はご自宅前の東屋でお茶をご馳走になりました。

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広い大きな庭が広がっていました。

陳さんは昭和50年代に人工皮革の事業を興され

利益が出だしたのは10年位してからとの事でした。

以前は台中の隣町、豊原にお住まいで、

この、豪邸に来たのは25年前だそうです。

豊原は日本で活躍された女子ゴルフプロの

途阿玉さんの故郷なんです。

あくる日は朝から台中港と大甲へ観光に出かけました。
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何度か台中港は来た事が在りましたが

あんなに大きな、広い所とは知りませんでした。

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傾いた様に見える面白い橋が在りましたので!!!
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台中港を後にし大甲の世界遺産のお寺へ参拝に向かいました。
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旧正月明けでしたので普段見慣れないお寺の様子が見学できました。
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台湾の今年の干支の豚、
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私達も線香と蝋燭でお参りさせて戴きました。
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お寺を出た大甲の町並みです。
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お昼頃になりましたのでこの通の大小食堂でランチ。
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大小食堂のおしながき
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私は魚肉飯を注文、日本円で150円でした。
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台湾の町外れの食堂は美味しいですよ。
筍を楽しみにしていましたが、
張り紙に筍はこの時季入荷してないと有りました。
残念!!!
台湾筍は白く、柔かくて美味しいです。

大甲と言えば有名なのがパナマ帽子です。
お若いお人は馴染みが有りませんが
昭和の初め頃までは大甲産の白いハットが流行ました。
これがパナマ繊維から作られた、大甲産のパナマハットです。

ホテルに一旦帰り休息後、
坪本君と世界遺産に申請中の旧台中駅へ向かいました。
台中へ来始めた頃に良く利用した駅です。
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今は隣に近代的な新駅舎が出来ていました。
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それまでは、
鉄道で数時間、高速道路完成で3時間を費やしていました。
今では、新幹線で40分で着きます。

私は知りませんでしたが、台中空港は国際空港になり
毎日朝一便東京便が有るそうです。
周博士がお話くださいました。

懐かしい台中駅を後にして近場を探索してみる事にしました。

駅前の魚中央市場は無くなり大きなバスタ−ミナルに変わっていました。

駅前ロ−タリ−も大きくなり車の流れも順調でした。

駅前付近は商店街が密集してとても賑やかです。

毎日夜市も開かれて居る場所も近くに在りました。

様々なお店が雑居する商店街を坪本君と歩いていたら

歴史の有りそうなお茶さんの前に来ましたので

入ってみる事にしました。

ご夫妻がお店に居られました。

何と100年を越える歴史の在るお茶屋さんでした。

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台北のお馴染みのお茶屋さんより2割強安かった。

坪本君は上質品をかなり多くお買いでした。

私もつられて何時もより多く買ったかな!!!

ご主人との楽しい筆談の時間もかなり経ち

夕食の時間が間近になりましたので

慌ててタクシ−でホテル迄帰りました。

次回はこの日の夕食からのブロクです。












posted by 加茂 志津男 at 09:03| Comment(0) | へんこつおやじのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする