2018年09月30日

荒田君還暦

8月の末に鳥取の倉吉に居ます荒田君の

還暦祝いゴルフに家内と行きました。

今年、春に行った時の約束でした。

当日は天気に恵まれての楽しいゴルフでした。

参加者は倉吉の荒田正美君

湯村温泉 井づつ屋料理長 井上明彦

湯原温泉 八 景料理長  正原聖也

前日に鳥取市内で泊まり、正原君のお弟子さんが
独立して市内の末広温泉町で ”みつき” を開業されていますので
お世話になりました。
晩夏、初秋の料理を美味しく戴きました。
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翌日は旭国際浜村コ−スで荒田君の還暦ゴルフ
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       荒田君と井上君
荒田君の紅シャツ、白パンツは皆さんからのお祝い
井上君の装いを良く見てください。
花火模様のそれはそれは派手な装いです。

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  ただひたすらにマイゴルフを楽しむ正原君
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         私と家内
家内はゴルフはしないので、支配人にお願いしまして
皆のキャデイをしてもらいました。

プレイ終了、還暦ケ−キカット
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この三人の楽しそうな表情!!!
彼らはそれぞれ数十人の調理師を束ねる長です。
私の前でこんな表情を表してくれる彼らに
感謝しております。

”おやっさん!又来てください”

家内と来春、来るからとの約束を残し帰路につきました。

二日後に正原君はニユ−ヨ−クへ講演に行くそうです。
posted by 加茂 志津男 at 08:38| Comment(0) | へんこつおやじのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

食育

此の頃、ほとんど我がパソコンは
末孫の優斗君に占領されておりまして
ブログの更新が出来ませんでした。

夏休みは布団を持ち込み
私の書斎を占領しておりました。

教科書・タブレット・ゲ−ム機等を
書斎に我が物顔で広げて在るので
触る事が出来ず困っていました。

昨日、どうした事か布団意外は
自分の部屋へ持ち帰った様です。

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毎年、夏休み中に兵庫県調理師団体連合会が主催で
姫路・神戸・西宮で
”夏休みみんなで楽しむ食育体験”を開催しております。
西宮は日本料理、姫路は西洋料理、神戸は中国料理での食育でした。

私は神戸、西宮の食育会場をお手伝いしました。

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深澤会長の神戸国際調理製菓専門学校での挨拶。

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         会場風景1

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        会場風景2

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        会場風景3

一年振りに白衣を着てみましたが懐かしさは在りませんでした。

どうした事何でしょうか?







posted by 加茂 志津男 at 07:42| Comment(0) | へんこつおやじのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月16日

飲み会

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閉店一年が過ぎ悪友達から

飲ませろ!
喰わせろ!
お店を再開しろ!

せがまれ、6月末の週末からは殆ど我が家で飲み会。

鱧料理、鮎料理 常備菜料理等でおもてなし。

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上の大きな鱧は約2`ありました。
鱧の骨を抜く、骨なし鱧用です。
下の4本は鍋、水晶鱧、鱧鮓にしました。

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一年振りに鱧の骨切をしました。
実は鱧の骨切庖丁は娘婿から借りました。
私が永年使用していました庖丁は全て”庖丁納め”にて弟子達に進呈しました。

鱧の骨切庖丁は間島君に進呈しました。
間島君は今秋、結婚します。
内弟子皆が家庭を持ちヤレヤレ。

祝辞を頼まれて居ますが、
48年間の料理人人生の後半は
素晴らしい弟子たちに囲まれて
最高の板前人生を送る事が出来ましたので
この事のお礼も一言述べたいと思います。

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鱧鮓です、食事にお出ししましたが
飲み喰いで皆はお腹が満腹との事でしたので、
ご家族にお土産にさせて戴きました。

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毎回、肴の一品は15品程お出ししております。
お越しの皆様はアルコ−ルは何でも有りの皆さんですから
肴は余る程準備して置かないと、うるさい!うるさい!

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我が家の葡萄狩り!

今年の我が家の巨峰は可なり出来が良かった!
でも、 暑さかな? 水不足かな?
葉が枯れて来出して数日で、巨峰も干し葡萄化し始め
慌てて優斗君に収穫してもらった次第です。
20房程の収穫でした。
綺麗なのは皆にお裾分けしました。

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posted by 加茂 志津男 at 01:55| Comment(0) | へんこつおやじのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月08日

久々のへんこつ

関西も梅雨に入りました。

今日から梅雨模様が続きます。

最近、政治もそうなのですが日本の各部門の

トップ達が責任逃れをしていて情け無い。

今日は久々にへんこつおやじに成ってみよう!!!!!

我が家の巨峰の赤ちゃん写真を観ながらお読みください。

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昨日の在るテレビ番組で料理研究家の盛り付け塾と申しますコ−ナを見ていました。
元アイドルで2児の女優さんが
鰯の南蛮漬けを盛り付け、ある一点を除けば完璧な盛り付けでした、
それは貝割菜の量がかなり多くて他の食材との対比が勝ち過ぎていました。
しかし、
評価された料理評論家は器の色からして肴の生臭さを感じると評価されました。
この器をお創りになられた陶芸家には大変、失礼な言葉と感じたのは私だけかな!
2児の女優さんがお使いに成ったのは、薄い青水色の器でした。
私には走りの頃の若い紫陽花色の清々しさ先ず感じられる器でした。
料理研究家の同じ食材を使っての盛り付けは、
専門職の基本からかなり掛離れた盛り付けでした。

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もう一方は、ご実家が老舗料理屋の娘さんでNHK朝ドラにも
出演されておられた女優さんでした。
その女優さんは鰹のタタキを大皿に盛り付けられてました。
鰹と薬味を川の字にシンプルに盛り付けたのは評価します。
しかしながら、
この盛り付けは何方でもされるのではと私は思うのですが、
この女優さんの盛り付けに最高評価の点数をつけるのなら
明らかに和食の基本盛り付けとしてはいけない所が
一箇所致命的な誤りに気づいたのは私だけかな!

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次は天ぷら盛り付け二点でした。

天ぷらを外人さんに食べ良く盛り付けたいからと

男性は小スプ-ンに一口天ぷらを綺麗に盛り付けられました。

料理でスプ−ンの上に盛り込む時は一口で食べるのが基本だから

スプ−ンを数多く使ったこの盛り付けは誤りと

この料理研究家は評価されました。

私は良いと思いますょ!

器本来の使用から離れての利用も面白いですょ。

私も茶香炉を様々な用途に使っていました。

香炉の上に耐熱器で炊合せ、焼き物、てんぷら等の温物に良く使いました。

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この二代目の料理研究家は様々な料理部門に立ち入らないで
得意な料理分野ひとつにされたらと何時も思うのですが!

私には到底、他のお人の料理を評価出来る器は持っていません。
しかしながら、
私なりの48年間の料理思考で今回の”へんこつ”を語らせて戴きました。


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先週の日曜日に三田GCで理事長杯の公式三大競技予選がありました。
へんこつおやじは初挑戦ながら予選通過しました。

帽子は武内さんから
ボ−ルは松木さんから
手袋は川原さんから
靴は上田さんから
靴下は幼馴染から
ティは巨人さんから
ウェア−は家内から
皆さんから予選通過祝いに戴きました。
これらを身に付けて
10日の決勝を楽しみます。
天気が気がかりですが条件は皆同じですから!


posted by 加茂 志津男 at 11:47| Comment(0) | へんこつおやじのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

5月の西瓜

藤の花もすっかり観られなくなりました。

早生米が植えられた田圃もみなれます。

和歌山では青梅の収穫が始まったそうです。

五月に入り夕食の後に西瓜が我が家では出る様になりました。

57年前に亡くなりました祖母が亡くなる前に食べたいと

父におねだりしていました。

母想いの父は缶詰なら在るかも知れないと探しましたが在りませんでした。

現代では一年を通じて西瓜は在ります。

57年前の私が中学の二年生の時でした。

父の困ったあの時の顔は今でも覚えています。

今日は、しずばあちゃんの命日です。

勿論、西瓜はお供えしました。

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 88歳で亡くなりましたしずばあちゃんです。

市内の霞ヶ丘2丁目に我が家の桃畑が在りました。

桃の花が満開の頃姉が撮った写真です。

手にお持ちの花は桃の花です。

桃の木は100本以上は在った様に思います。

桃の時季は母がリヤカ−に積んで尼崎の手前の塚口まで

行商に行っていました。

当時、父は自動車免許は持っていましたが

自動車を買えなかったそうです。

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  その頃の元気な父です。

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   中学3年迄暮した私の生家です。
小作農家でした。
右側の建物は倉庫と農機具です。
左側に白壁の蔵が在ります、
私が小学の4年生頃に建ちました。
中央の瓦家が母屋です。
写真前の部分は田圃です。

田植え前の田圃の土を起して、
これから水を入れ当時は牛に農具を付けて
”苗代かき”をしてから田植えをします。

私は思いもしなかった仕事に就きましたが
18歳迄の農家の手伝いにより
幼くして自然に触れて来られた事が
料理を生業とするようになり
どれだけ助けられたか計り知れません。

閉店して間もなく一年になります。
正直!!!
淋しさは有ります。
でも、今の生活に慣れないと!!!
静かな普通の人に成らないと!!!

毎日、通学まえに兄の健斗君が寄ります。
弟の優斗君は帰宅前に寄ってくれます。
現役の時は朝の魚河岸行きや夕方にはお店に出ていましたので、
孫達とのこんな接点は在りませんでしたから。
元気な内に爺を楽しみます。






posted by 加茂 志津男 at 01:54| Comment(0) | へんこつおやじのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする